↑兵庫県知事賞受賞作品
Takeru-17
2008年10月 山田健は兵庫県、県庁内の作品展で知事賞を受賞
勤務地であった宝塚の町並みを見事に再現しています
明るい町並みから歌声も聞こえて来るようではありませんか

その彼が今日まで筆を持って書き上げた山々の絵を公開してくれました
絵についてのご感想や問い合わせは事務局(彼が責任者ですが)までご連絡ください
お待ちしております

では、以下のギャラリ−をお楽しみください。登山家ならではの視点が新鮮です

(ギャラリ−の絵は全て油絵です)

Takeru Yamada  山田 健 
A chief secretary of the Alpine Club of Kobe Universirty 神戸大学山岳会・会員、事務局長
A resercher at the Kula kangri 7554m Expedition in 1986 ク−ラカンリ遠征隊・学術隊員

The Alpine Gallery  Takeru Yamada




















 絵をクリックすると拡大できます

Takeru-1立山・浄土沢の秋

10月、一の越から雷鳥沢のテント場へ。浄土沢付近は草紅葉、ナナカマドなどが色づき、一年中でもっとも美しい時期を迎えています。

F20号   2002年制作

Takeru-2黎明の剱岳

11月下旬、立山から縦走して別山まできたとき大雪に見舞われ、厳冬期へ一気に季節が移り変わりました。厳しく冷え込んだ夜明け前に別山のテントを出発し剱御前小屋へ向けて下るところです。正面に朝日を浴びた剱岳が招くようです。

P20号   2003年制作

Takeru-3御坂峠の春

5月の連休に箱根から、富士山を半周して富士吉田へ。そして河口湖を渡り御坂峠に登りました。峠の旧道に入り、トンネルの手前の御茶屋の前に山桜。富士山に最後の別れを告げました。

F6号  2008年制作

Takeru-4上高地新緑

5月、よく晴れた日の午後の上高地は底抜けに明るい。梓川の河畔は新緑美しく、その背後の穂高は残雪がまぶしい。

F20号 2001年制作

Tekeru-5新緑の奥入瀬

染まるような新緑に咲くヤシオツツジです。(模写)

F8号  2006年制作

Takeru-6立山スキー

毎年5月下旬か6月上旬にスキーを担いで立山に行くことを続けていました。この季節の立山は至る所絶好の山スキーゲレンデとなります。午前中は雷鳥沢を2時間かけて剱御前に登り、15分で豪快に滑って下りてくる。午後は山崎カールへ、といった具合です。

P20号 2008年制作

Takeru-7三ノ窓雪渓

剱沢の二俣から見上げる三の窓雪渓は千メートルの高差を一直線に三ノ窓にせり上がっています。その雪渓に八ツ峰岩峰群のギザギザした影が落ちているのが印象的です。

F8号 1996年制作

Takeru-8冬の大正池

11月になると上高地への交通はなくなり、徒歩で入ることとなります。大正池まで来るとすっかり冬山の様相となった穂高が迎えてくれました。

F4号 2004年制作

Takeru-9槍ヶ岳

7月下旬、夏山の季節。南岳のテント場を朝一番に発って大キレットを通過し北穂高の小屋に登り着きました。小屋のテラスから振り返ると、今通ってきた稜線の上にすっきりと均整のとれた槍ヶ岳の姿が美しい。

F15号 2001年制作

Takeru-10早春の開田高原

3月、まだ雪深い開田高原。雪解けの末川のせせらぎがきらきら光っています。朝の光を浴びた継子岳から摩利支天、剣が峰へと続く御岳が大きい。

F20号  2003年制作

Takeru-11遠見尾根からの冬の鹿島鑓ヶ岳北壁

地蔵の頭から小遠見を越えて中遠見あたりまで来るとカクネ里を隔てて北壁が正面に見えます。冬の空は紺色に冴え、カクネ里の陰の部分はその色を映しています。

F8号 2003年制作

Takeru-12徳本峠からの穂高連峰

5月初め 季節はずれの冬型気候で上高地では1日中冷たい雨が降っていました。翌日未明に小梨平を出発し徳本峠に登ってみると、予想したとおり上の方は雪化粧されていました。雲が切れて、白くなった穂高連峰が姿を現しました。

P20号  2005年制作

Takeru-13名峰マッターホルン

2006年5月の連休にスイスを訪れました。ツェルマットから登山電車に乗ってゴルナーグラートまで登ってくるとあたりは雪原となりました。幾度となく写真で見たマッターホルンがそこにはありました。まさに世界の名峰です。

F20号 2006年制作

Takeru-14ゴラパニ峠からのダウラギリ峰夕照

1998年11月 ポカラから2日のトレッキングでゴラパニに登り着いきました。峠の反対側のダウラギリが出迎えてくれます。カリガンダキ川の深い谷を隔てて、王者のような巨峰が夕陽に映えていました。

P20号  2006年制作

Takeru-15カリガンダキ川から仰ぐヒマラヤ大障壁

ゴラパニからカリガンダキ川に下り、川沿いに上流へ向かうとヒマラヤ山脈の最も高い部分(大障壁)を貫く大ゴルジュ帯となります。この大障壁を境に気候、植生、人種、文化さえも劇的に変化します。ゴルジュを北側に抜けたジョムソム付近から振り返ると大障壁を形成するニルギリ北峰が遙か高く聳えています。

F20号 2004年制作

Takeru-16東チベット・カンリガルポ山麓を行く

2007年10月31日、東チベットポロンツァンポ川最奥の村ラグーを後にして、広々としたコーギンカルカから、カンリガルポ山群最高峰のルオニイがアタ氷河の奥に仰ぎ見えました。我々の荷をベースキャンプまで運ぶヤクとヤク使いが前を進みます。74年前にキングドン・ウォードも見た光景です。

P20号   2008年制作

問い合わせは事務局へ

Takeru-18 Ata氷河の偵察を終えて

M20号  2009年制作

2007年11月8日。カンリガルポ山群のAta氷河4900m地点からルオニイとそれに続く2峰、3峰の偵察を終えて、第一キャンプへ引き返す途中です。午後になってガスが湧き、3峰にかかり始めています。来るべき日の再会を期して山々を振り返り、別れを告げました。

Takeru-19 陽光あふれるフラワーロード

F4号  2009年制作

晴れた5月の昼下がりは底抜けに明るい。神戸のメインストリートのフラワーロードを歩くと、摩耶山から市章山あたりの新緑の山がビルの間に見えます。


Takeru-20 グリンデルワルトにて

F20号  2009年制作

グリンデルワルトの街から一番目立つ山はアイガーではなく、ヴェッターホルンです。街のある谷間から一気に突き上げる北壁の上に頭をもたげたように頂上が見えます。圧倒的な岩壁に守られて、とても登れそうには見えないのですが、六十数年前、我が神戸大学山岳会の高木正孝先生はこの北壁を登られました。